新規得意先へ
指定された日に新規の社長へ会いに行くと、休日なのに出社して相手をしてくれた。休みなのに申し訳ないと言うと「いえいえ、仕事好きですから。」と答えた相手の社長。
早速名刺交換をし、仕事の話へ。
少しだけ仕事の内容は分かっているので、どんな仕事をしているのか、そして、どういった商品を希望しているのかなどヒヤリングを行うと、全て答えてくれた。
以前いた会社(ボク達が以前訪問した会社)の思い出話や現在の状況なども話してくれ、今どんな事で困っているとかこんな商品が欲しいとかも話し、今扱っている商品の一部を見せてくれた。
扱っている商品はボク達卸業が絶対に扱わないようなデザイン重視のもので、うちの商品では取り扱いがない商品ばっかりだった。ある程度商品を見たところで、相手社長の質問が入る。
「例えばこれやったら、どれくらいで作れますか?」
実は卸業をしていたり宝石屋の人は一般人に必ず聞かれる質問の1つなのだが、これが一番答えにくい。高いと相手にされないし、安いと利益が上がらない。
それに卸業は宝飾品を扱うと言っても、石と枠を別々に仕入れて作っている訳ではなく、完成品を仕入れて売るという業種になる。だから、値段を聞かれても分かる訳ではないのだ。
だからといって、せっかくの新規取引先になるかも知れない相手にそういった事を言う訳にはいかず、秤で重さを測ってルーペで石の品質を見て工賃を計算してからうちの利益を乗せて、大体こんなもんかなといった価格を表示する。
これって、文章を読むと凄いなって思うけど、心の中では「そんなん分かる訳ないやんけ。」と思いながらかなりアバウトに答えてる。
卸業は仕入先から同じ商品を複数仕入れ、得意先に一本づつ売ると商売であって、個別の商品を一本一本売っている商売ではないのだ。
こういった相手の商売は、相手が希望する商品をオーダーメイドで作る事に近くほとんどの人は分からないと思う。
1本の商品をは、「地金業者」「宝石業者」「石留め業者」「加工業者」といった業者に分かれていて、それに加えて多い時は「磨き業者」「メッキ業者」といった複数の手に渡って作られる。
当時はこんな事分からなかったしした事もなかったので、社長は焦ったと思う。それでも、電卓を叩きながら相手に見せてまた電卓を叩くと言った、東南アジアの人みたいな話し合いをしていた。
それでも、ずっと相手のペースに合わせた訳でもなく、こちらのペースにも持ち込んでいて、同じ商品を5本作ってくれればこれくらいの値段になります。とか言って受注を多く取れるようにしていた。
値段を安くする代わりに多くの注文をもらい、一本づつではなく全体で利益を上げる事が出来るようにしたのだ。
どんな事でもそうだと思うけど、戦いに勝つ作戦の1つには自分の得意な形に持っていくという事が大事だと思う。
ある程度話が決まった時点で、一度サンプルをお見せしますといって話は終了。帰りにいつもの喫茶店に入りボクと話す。
「ここは君くらいの若い年齢しか無理だからしばらく一緒に行こう。」
と言って作戦会議。ボクはあまり意味が分からなかったので、美味しくアイスコーヒーを頂く。
新規の得意先に向けてどんな商品を作るか
さて、作戦会議で考えたのはその得意先はどういった商品を好むのかといった話がメインだった。どうやら、
- 現在扱っている卸の商品だと無理っぽいという事。
- そして、価格的には勝負出来そうな事。
- それから、1つの商品を複数買ってもらうようにする。
という事を決めた。卸の商品はさっき書いた通り、完成品であり、「ザ・宝石」といった古いデザインというのか、良い意味でスタンダードな商品がメインであり、地金をふんだんに使ったシルバー商品のようなデザインではない。
そして、その得意先はうちと正反対のシルバー製品のような物を求めているのだ。うちにはもちろんない。
だから、どうしようかと考えて今ある仕入先の商品で向いてそうな物を見せてみようと言う事にしてみた。
ここで大事な事になる仕入先の話
仕入先は今もあるにしてもどの業者も既存の古い商売をしているところばっかりで、向いている商品を作っている所はなかった。
ちょうどその頃、社長の知り合いで東京の業者さんが山梨県である甲府の業者を紹介してくれる話があった。
山梨県は多く採掘される訳ではないけど、宝石の採掘が行われていた土地で地場産業として宝飾を扱う業者のメッカなのである。
甲府の業者は安さが第一で、品質は二の次と言った業者が多く、石の品質もあまり良くないとか、加工品質も良くないと言ったデメリットもあったけど、とにかく商品力が豊富なのだ。
いつも出張に来る時は、大きなアタッシュケースのようなカバンを何個も持ってきてやってくる。商品を見るだけで何時間もかかるので見るだけでも大変なのだ。
東京から近い事もあって、よく東京へ出張へ行ったり西日本へ出張へ行ったりしていた。大阪は西日本の拠点なのだ。
そんな甲府の業者でも紹介された業者は、そんな古い気質の会社とは違った魅力を持った業者だった。
その業者は、宝石の品質も仕事も他の甲府業者とは違って良く、価格も少しだけ高い。でも、トータルとして他より良いという上手い隙間を縫った業者だった。
商品のデザインも若く、ブランド商品に似たデザインで品も良くて仕上げがキレイだった。社長も若くて話し上手で面白いし、商売中ずっと喋ってた(^^)
人が商品を作るのだけど、そういった社長のパーソナリティーが商品に現れていてどれもキレイで一味違ったのだ。
ボクも社長もその業者を気に入り、新しい得意先用の商品をこの業者で作る事になる。
新しい商品と言っても別に新規で作り始める訳でもない。その新しい仕入先から使えそうな商品を急遽借りて見せに行くだけ。ただ、その商品は若い子が好きそうなシルバージュエリーっぽいデザインというだけなのだけど、それを見せに行った。
得意先の反応
こちらとしては出来るだけ良さそうな商品を用意したと思っても、相手がどう感じるか分からない。多少不安な気もしたけど相手の社長に連絡をし会いに行ったのだ。
今度行った時は社員もいて事務員もいた。例によってキャッチセールスの社員は夜の雰囲気を感じさせつつ、以前のキャッチセールスの会社より少し小綺麗だった。
そんなに多くはないけど社員にも紹介され社長と話して商品を見せ始める。
ある程度予想はついていたけど社長はそんなに気に入らなかった。基本は卸業で使う商品なので、向こうが思うほど洗練されてはいないのだ。
それでも30〜50点に1点くらいの割合で使えそうな商品を抜き出しそれについて話を進める。以前の会社ならここで値段交渉となるのだけど、今回は、
「この商品に入っているダイヤモンドを他の宝石に変更したらいくらですか?」
と聞かれる。商品のデザインは多少気に入ったから内容を変えたいという事だった。それについては大きな問題ではなかったけど、別の問題が浮上した。
その使いたい宝石というのが「アレキサンドライト」という珍しい石なのだ。Wikipediaのアレキサンドライトの説明では、
アレキサンドライト(alexandrite、アレクサンドライトとも)は、1830年、ロシア帝国ウラル山脈東側のトコワヤ(Токовой、Рефт)のエメラルド鉱山(ロシア語版)で発見された。金緑石(クリソベリル、BeAl2O4)の変種。
発見当初はエメラルドと思われていたが、すぐに昼の太陽光下では青緑、夜の人工照明下では赤へと色変化をおこす他の宝石には見られない性質が発見され、珍しいとして当時のロシア皇帝ニコライ1世に献上された。
巷説では、このロシア帝国皇帝に献上された日である4月29日が、皇太子アレクサンドル2世の12歳の誕生日だったため、 この非常に珍しい宝石にアレキサンドライトという名前がつけられたとされている。
また当時のロシアの軍服の色が赤と緑でカラーリングされていたため、ロシア国内で大いにもてはやされたという説もある。
とある。へぇ〜って思うけど、このアレキサンドライトは今では多少メジャーになった気もするけど、通常百貨店の高級ジュエリーなどでしか扱われる事がない珍しい石だった。
というのも、キレイなアレキサンドライトは普段は深い深い緑の石でほとんど黒色に近い色目で別にキレイには見えない。ただ、夜の人工照明下だとギラギラとした赤色に変化するカラーチェンジストーンなのだ。
だから、珍しいという事でもてはやされたけど普段は別にキレイという訳ではないから、百貨店がダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイア、パールなどの名だたる宝石を売りつくした後の希少石としてアレキサンドライトを勧めるのである。
うちではまだアレキサンドライトを扱った事はなかったけど、大きくはないからある程度の見積もりで答えると向こうが乗り気になった。
価格もいつも仕入れをしている所よりかなり安いらしい。うちは別に安くしている訳でもなかったし、通常の利益の範囲内だった。
うちの作戦は同じデザインの商品を1型作って石をバラバラに留めて納めるという物だったので、社長に石は別々に決めてもらい5本買ってもらうように仕向けたのだ。
社長も乗り気だったのですぐに了承してくれ取引は成立。納期は多少急がれたもののこれで一発目の商売は出来たという訳だ。
取引成立も束の間
商売も出来て一安心した所で仕入先に発注。あとは届くのを待つ。そう思っていたらすぐに相手の社長から連絡があった。どうやら次の商品を考えたいらしい。
次の日また訪問してどういった物なのか話し合いをし、分かった事がある。
キャッチセールスというのは相手が現金では買えない高額商品を売りつけるのである。という事は相手の支払い能力を加味したトーク術が必要になる。
その為に使われるのが「信販会社のローン販売」なのだ。この信販会社は色々あって、今は存在しなかったり大手の企業と合併したりして今ではテレビで大々的に宣伝されている会社になったりしている。
そうった信販会社と組んでキャッチセールスをしていて、その信販会社が紹介した加工業者と取引をしていたのだ。
だから、実際の卸価格というかそういった価格はほとんど知らず、いくらで販売したならこの商品ですよ。と言われるがままお客さんに売っていたらしい。
うちの商品だと同じ商品を作っても安く販売する事が出来るし、同じ販売価格でももっと良い物をお客さんに提供出来るのだ。
だから、うちとの話で本当の価格に驚き取引が出来る事になったという訳である。
その後もうちとの取引は大きくなり色々あるんだけど、また別の話にしようと思う。
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